はじめてのクルマなんだから

先日、クルマのメンテナンスでディーラーに行ったときのことです。

その日は平日でしたのでお客さんは少なく、私はクルマのメンテナンスの待ち時間を、受付のカウンターで珈琲を飲みながらお世話になっている営業さんと話をしていました。

すると、1人の若い男性がやってきました。背は高くてどちらかというと男前な人。でも、ぱっと見た瞬間にすぐ分かるほどの覇気の無さを感じました。長い前髪でおでこと左目のほとんどを隠し、服装もよれよれ。長身なのに猫背で小さい印象でした。

そして彼が受付の前に立っていると、店長があらわれて対応をはじめました。

「こんにちは! どうかしましたか?」

店長が元気良く対応すると、男性は低く暗い声で答えました。

「あぁ、クルマが欲しいんですけど」

そりゃあそうでしょうね(笑)。隣に座って珈琲を飲んでいた私は、思わず噴出しそうになってしまいました。

店長は男性とちょいちょい話をして、その男性が大学生ではじめての車を買いに来たという情報を引き出し、対応に努めました。

「はじめてでは、ワクワクでしょ! 好きなクルマとかあるのかな?」

「いえ、特には。ただお金ないんで適当な中古車をローンで買いたいんですけど」

「なるほど!」

店長は、若い子に人気の中古車を何台か探して提示してみたのですが、彼はずっと暗いままで提示されたクルマの書類を眺めていました。

黙っていると5分も10分も、ただ眺めているだけの様子でしたので、店長も間を埋めようといろいろ声をかけていました。

「好きな色はある?」

「何かこだわりは?」

「これなんていいよ。走行距離は新車並みだし」

と、店長が積極的に声をかけるも、それに対する答えは「はぁ」とか「別に」といったものだけです。

そうしてしばらくやり取りを行なうと、

「予算で買えそうも無いので、また出直してきます……」

と、最後まで暗い感じを貫き通して彼は去っていきました。

大学生ではじめてのクルマであれば、もっと元気でワクワクしているものだと思うのですが、彼はとにかく暗かったです。対応する店長も困ってしまうレベルでしたから。「明日死んじゃうの?」っていうくらいでした(笑)。

もしかしたら冷やかしだったのか? とも思いましたが「もうすぐ卒業で就職するから、それに備えて車が欲しい」という情報が私の耳にも聞こえていたので、欲しいは欲しかったのだと思います。

でも、それだとしても、はじめてのクルマでそんなにテンションが低いとは…… これから色々なところに出かけて色々な思い出を与えてくれる素敵な乗りものを、適当なクルマで済ましてしまうというのは、私からしたら、なんとも寂しい限りだと思いますね。

脱毛エステ

火事場泥棒はいかんでしょう

海外では、輸送トラックが交通事故の際に起こる強奪問題が深刻になっているとのことです。

事故の混乱に乗じて、開いてしまったトラックの荷台に次々と人が群れ、積んでいる荷物をこっそりと持ち去ってしまうというのです。

トラックが横転して当たりにものを散乱させてしまおうものなら、さらに事態は深刻なようで、その場に居合わせている人だけではなく、事故情報を耳にした近隣住民までもが自転車やバイクで押し寄せ、根こそぎ持ち去ってしまうということです。

これは強盗行為に値するため、事件が起こるたびに警察が動いてはいるようなのですが、犯行者が大多数の上、事故の混乱に乗じるているためになかなか思うような成果を得られないとの子とです。結局、運転手や商品の持ち主が寝杵入りするしかないとのことです。

日本には古くから火事場泥棒というものが存在しますが、これはまさにそのものの行為ですね。人の不幸を利用して幸を得ようというのは、ろくなものではありません。

海外ではこのような事例が多いようですが、日本で輸送トラックが事故にあって強奪というのは、私の知る限りでは聞いたことがありません。耳に入らないという事は、滅多に起こらないということなのでしょう。

しかしまったく火事場泥棒が今の日本では起こらないかといえば、そうでもありません。まだ記憶に新しい東北地方太平洋沖地震の直後には、ゴーストタウンと化した町に不審な車が訪れ、店や家屋からものを漁って持ち帰ってしまうという人が続出したそうです。

もちろんこのようなことは公にはされず、日本中のみならず、海外からも日本の

民度の高さが絶賛されていました。その裏では、不幸でしめしめと感じている人がたくさんいたのです。

また、震災を利用して知名度の向上や売上を伸ばすという戦略もたくさん起こりました。これもいうならば、不幸を利用しているといっても可笑しくは無いでしょう。まぁ「偽善でも善」という言葉もありますから、それが悪いとは言い切れませんが。

ただ、火事場泥棒はやはり許せませんよね。偽善すらもありませんから。そこには悪しかありません。

どうしてそんなことをする人間に育ってしまうのか、本当に悲しいものですよね。生まれて「おぎゃあ!」の瞬間は、みんな同じスタートラインだというのに。